上新庄暮らしニュース 2018.06.02 UpDate

SATURDAY JUNE 2018

豊新エリアにある悲しい落武者が由来の「かぶと公園」

豊新エリアの東淀中学校の道路向かいにある「かぶと公園」。小さいお子さんを連れた家族がよく訪れるほのぼのした公園ですが、実は悲しい歴史から「かぶと公園」という名前になったようです。

「かぶと公園」は東淀川区の憩いの場!

公園前には由来が書かれていました

源平の戦いに敗れた平家の落武者「平景清」が、かくまってくれた伯父の「三宝寺大日房能忍」を誤って殺害したのを悔やんで、この辺りでカブトを脱ぎ捨てて立ち去ったと言い伝えられています。
いまもこの付近から淀川堤防までの一帯の地を「かぶと」と称し「かぶとみち」の名も残っています。その由来からこの公園を「かぶと公園」と命名します

平安時代末期~鎌倉時代初期の東淀川区の出来事です

かぶと公園

平景清(たいらのかげきよ)は平安時代末期の武将でした。
平氏の侍大将として活躍していたようですが叔父の「大日坊能忍」を殺したことから「悪七兵衛」と呼ばれていたようです。

1195年源頼朝に降伏し、断食して死んだそうです・・・

「かぶと公園」から淀川のこのあたりまで「かぶとみち」と呼ばれているんでしょうか

淀川河川敷

東淀川区も平安時代は大変だったんですね

今は平和な公園です

ぜひ憩いの場として利用して下さいね!

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